斎藤佑樹

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06年夏の甲子園優勝投手。「ハンカチ王子」と呼ばれた。2010年のドラフトで1位指名された日本ハムに入団。[関連情報]

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斎藤の投球術を分析する

開幕から勝ち星、けがで離脱

タイトル本文より抜粋著者・媒体・掲載日
与田氏が斎藤佑樹を分析 「7、8勝はできる」ボールをリリースすることには天性と思えるものがあります。ボール一個の出し入れのできる制球力があります。加えて、相手の狙いを読むことのできるピッチャーですね。バッティングカウントの1ストライク2ボールからふっとスライダーで誘ったり、逆に打ち気を感じない場面では、大胆にポンと、ど真ん中でストライクを取る。1球1球にあたふたはしませんね。メンタルが強いんでしょう。与田剛インタビュー・スポーツナビ(2011年4月10日)
過大な夢を背負ってのプロデビュー。日ハム・斎藤佑樹の初勝利を考える。ものすごいボールを持っているわけではないのだ。そのハンディをコントロールと、類い希な感性で補っていたのだ。(中略)デビュー戦では、初回に井口資仁の2ランでいきなり失点しながらも、その裏、すぐさま味方が4点を取り返してくれたこともあり、2、3、4回と立ち直ってみせた。5回は2死からエラーをきっかけに3連打を浴びる。さらに井口の2点タイムリー後も1、2塁とピンチは続いたのだが、4番・金泰均をサードゴロに打ち取り、追加点だけは許さなかった。それらは巷間言われるように「持ってる」からではない。精神力と知恵がそうさせた。中村計・Number Web(2011年4月18日)
斎藤佑樹"第2章"。ケガする前は「すべてが中途半端だった一見おとなしく、目立つところのないフォームこそ、じつは切れ味は鋭いものだ。イースタンのジャイアンツ戦で見せたムダのない、スムースな斎藤のフォームは、日本中から背負わされた重荷を、いったん下すことができたからこそ、生まれてきたものなのではないか。鎌ヶ谷の静かな環境の下、斎藤はどれほどのイメージを脳裏に浮かべ、どれほどの試行錯誤を繰り返していたのか石田雄太・スポルティーバ(2011年6月28日)

1軍復帰後、どう変わったのか

タイトル本文より抜粋著者・媒体・掲載日
復帰後に掴んだ「真っ直ぐへの自信」。斎藤佑樹が証明する“走り込み神話”二軍で徹底的に走り込んだことで変化が生まれた。3勝目を挙げた西武戦、立ち上がりはピンチの連続だったが、1回にプロ入り後最速の145kmもマークしている。「だんだん自分の真っ直ぐへの自信がついてきたと思います。強打者の西武打線だったので、どうかと思ったが、三振が取れてうれしかった。今度は9回をしっかり投げきりたい」こう笑顔を見せた斎藤にとってみれば、ケガをしたことが、もう一度、基礎から自分のピッチングを組み立て直す、いい機会となった鷲田康・Number Web(2011年7月24日)
斎藤佑樹、6回無失点の手応えと6回降板の課題腕を振ろうとして腕を振っているのではなく、身体の幹をねじり、ひねることで、腕が振れてくる。おそらく何ミリの世界だろうが、そのおかげでボールを長く持てているため、バッターの近くで離せている。その結果、キレが生まれ、バッターが差し込まれる。石田雄太・スポルティーバ(2011年8月4日)
斎藤佑樹が見せたはじめての反骨心開幕当初に比べれば、明らかにボールの威力は増している。指に掛かり、体重が前へ乗っていくようになったからこそ、力のあるボールが投げられるのだ。もしかしたら今の斎藤は、高校や大学時代の感覚を取り戻したのではなく、未知の感覚をプロで身につけたということなのかもしれない。石田雄太・スポルティーバ(2011年8月11日)

アマチュア時代の投球成績など

2006年夏の甲子園(第88回全国高校野球選手権大会)

歴史に残る熱闘

早稲田実業のエースだった斎藤は、決勝戦までほとんど1人で投げ抜いた。田中将大(現・楽天)を擁する駒大苫小牧との決勝戦では、延長15回を178球で完投したが37年ぶり2度目の決勝引き分け再試合に(読売新聞)。4連投となった翌日の再試合でも、斎藤は118球で完投、早実が4-3で初優勝を飾った。
(トピックを見る→田中将大

怪物スラッガーと対決

2回戦の大阪桐蔭戦では、2年生ながら怪物スラッガーと呼ばれた中田翔(現・北海道日本ハムファイターズ)と対決。胸元を突く強気の投球で4打数無安打3三振に封じた(ZAKZAK)。
(トピックを見る→中田翔

ハンカチ王子フィーバー

斎藤はこの熱戦の中マウンド上で常に冷静な表情を見せ、さらに投球の合間に青いハンカチで汗を拭いていたことが話題になり、その端正な顔立ちと相まって「ハンカチ王子」という愛称で国民的人気者に。大会後もフィーバーは収まらず、その後に出場したのじぎく国体でも連日長蛇の行列ができた。高校卒業後の進路にも注目が集まり、進路発表の記者会見がテレビで生中継された。

早稲田大学への進学

斎藤は高校卒業後、早稲田大学教育学部へ推薦で進学。その年の春季リーグ戦で1年生ながら開幕投手を務め勝利し、斎藤が先発した2007年6月3日の早慶戦では10年ぶりに神宮球場が満員になった。その後早大は優勝し、斎藤は1年生としては史上初のベストナインに選ばれた。その後に行われた全日本大学野球選手権でも早大は優勝し、斎藤は1年生としては史上初めてMVP(最高殊勲選手賞)に選ばれた。
2010年が大学のラストイヤー。

リーグ通算30勝&300奪三振

2010年10月4日、東大を完封し、史上21人目の通算30勝に到達すると同時に、史上6人目となる30勝&300奪三振も達成した(スポニチアネックス)。斎藤は、登板36試合目でリーグ通算20勝に到達。登板36試合目での20勝到達は平成以降では02年の法大・土居龍太郎(元ロッテ)と並ぶ最速だった。

インタビュー

語録

わが早稲田大学野球部は一生勝ち続けます。(2007年11月)

斎藤佑樹、22歳です。斎藤佑樹は仲間に恵まれました。みんなに感謝です。明治神宮大会、頑張ります。( 2010年11月、優勝祝賀会で)

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