日本人宇宙飛行士

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2011年11月、古川聡さんが日本人最長となる167日間の宇宙連続滞在を終え帰還。12年には星出彰彦さんが出発へ。[関連情報]

ニュース

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毛利衛

1992年日本人で初めてスペースシャトルに搭乗、宇宙へ
所属宇宙航空研究開発機構(JAXA) 有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部 宇宙飛行士
搭乗ミッション1992年9月12日〜9月20日:FMPT/STS-47ミッション〔ペイロードスペシャリスト(PS:搭乗科学技術者)として搭乗〕
2000年2月12日〜2月23日:STS-99/SRTMミッション〔ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として搭乗〕

向井千秋

1994年アジア初の女性宇宙飛行士としてコロンビア号に搭乗、宇宙へ
所属宇宙航空研究開発機構(JAXA) 有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部 宇宙飛行士
搭乗ミッション1994年7月8日〜7月23日:IML-2/STS-65ミッション〔ペイロードスペシャリスト(PS:搭乗科学技術者)として搭乗〕
1998年10月29日〜11月7日:STS-95ミッション〔ペイロードスペシャリスト(PS:搭乗科学技術者)として搭乗〕

若田光一

2000年日本人として初めてISS建設に参加。ISS第18次/第19次/第20次長期滞在を完了
所属宇宙航空研究開発機構(JAXA) 有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部 宇宙飛行士
搭乗ミッション1996年1月11日〜1月20日:STS-72ミッション〔ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として搭乗〕
2000年10月11日〜10月12日:STS-92ミッション〔ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として搭乗〕
2009年3月16日〜7月31日:第18次/第19次/第20次長期滞在

土井隆雄

1997年STS-87ミッションにおいて日本人初の船外活動を実施。2009年7月8日に宇宙飛行士の「引退」を表明。9月から国連宇宙部宇宙応用課長に(時事通信)。土井隆雄さん、国連宇宙部の宇宙応用課長に - 国連宇宙部とは「国連における宇宙の平和利用に関する政策を担当する部門」。AstroArts(2009年6月8日)
所属宇宙航空研究開発機構(JAXA) 有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部 宇宙飛行士
搭乗ミッション1997年11月19日〜12月5日:STS-87ミッション〔ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として搭乗〕
2008年3月11日〜3月27日:1J/Aミッション(STS-123ミッション)〔ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として搭乗〕
土井隆雄さん宇宙航海日誌 - 1J/Aミッション(STS-123ミッション)の様子。土井隆雄さん再び宇宙へ

ビデオライブラリ

野口聡一

2005年STS-114ミッションにおいて日本人として初めてISSで船外活動を実施
2010年第22次、第23次長期滞在クルーとしてISS滞在中
所属宇宙航空研究開発機構(JAXA) 有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部 宇宙飛行士
搭乗ミッション2005年7月26日〜8月9日:STS-114ミッション〔ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として搭乗〕

星出彰彦

2008年1Jミッション(STS-124ミッション)において日本人として初めてISSのロボットアームを操作し、「きぼう」日本実験棟船内実験室のISSへの取付け等を行う。
所属宇宙航空研究開発機構(JAXA) 有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部 宇宙飛行士
搭乗ミッション2008年5月31日〜6月14日:1Jミッション(STS-124ミッション)〔ミッションスペシャリスト(MS:搭乗運用技術者)として搭乗〕
ミッション概況
スペースシャトル「ディスカバリー」船内で、国際宇宙ステーションとのドッキングに備える星出彰彦さん(2008年6月2日撮影)。(c)AFP/NASA VIDEO国際宇宙ステーション(ISS)に設置された日本実験棟「きぼう」の船内実験室で、作業を行う星出彰彦さん(2008年6月4日撮影)。(c)AFP/NASA VIDEO国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」から、福田康夫前首相らとビデオ交信する星出彰彦宇宙飛行士(右)とマーク・ケリー船長(左、2008年6月7日撮影)。(c)AFP/NASA VIDEO

山崎直子

山崎飛行士は2010年4月5日から20日の2週間、スペースシャトルに搭乗する最後の日本人宇宙飛行士として任務を完遂し、無事帰還した。2010年5月17日、川端文部科学大臣(当時)の大臣表敬訪問に先立ち一番大変だった訓練について、宇宙飛行士候補者に抜擢されてから搭乗まで11年間を要したこと、マイナス20度にもなるロシアの雪原における3日間のサバイバル訓練を挙げ、宇宙に行くまでの道のりの厳しさと他国の実験棟と比較して日本の高い技術力を実体験を交えて紹介した。(文部科学省)
  • 2010年4月5日打ち上げの「アロタンティス」においてSTS-131(19A)ミッションを終了。
  • 所属:宇宙航空研究開発機構(JAXA) 有人宇宙環境利用ミッション本部 有人宇宙技術部 宇宙飛行士
  • 搭乗ミッション
    STS-131(19A)ミッション(打ち上げ日:2010年4月5日(米国時間))
2010年に打ち上げ予定の米スペースシャトル「アトランティス」に搭乗することが決まった宇宙飛行士の山崎直子さんが宇宙航空研究開発機構(JAXA)で記者会見する様子。(2008年11月11日撮影)。(c)AFP

古川聡

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日本人初の宇宙飛行士

日本人として初めて宇宙へ行ったのは、当時TBSの社員だった秋山豊寛氏で1990年12月のことである。ソユーズTM11号で宇宙へ行き、宇宙ステーション「ミール」とドッキングしてから6日間滞在し、宇宙生活のリポートをした。しかし、同氏については「乗客(ジャーナリスト)」としての飛行であって、「宇宙飛行士」ではないとの指摘もある。
一方で、秋山氏は旧ソ連の「コスモノーツ(宇宙飛行士)」資格を取得しており、宇宙飛行経験のある宇宙飛行士の国際団体である「宇宙探検家協会」の初の日本人会員でもある。従って、「日本人」初の宇宙へ行った宇宙飛行士は同氏と言えそうである。
「日本国のミッション」として初めて宇宙へ行った宇宙飛行士は、スペースシャトルの「ペイロードスペシャリスト〔搭乗科学技術者〕」(当時)として1992年9月に宇宙飛行をした毛利衛氏であり、「日本」初の宇宙飛行士は同氏とも言える。なお、毛利衛氏・向井千秋氏・土井隆雄氏の3氏が宇宙飛行士に選ばれたのは、秋山豊寛氏の宇宙飛行が決定するよりも前の1985年だった。
氏 名搭乗期間備 考
秋山豊寛1990年12月2日
1990年12月10日
1990年当時のTBS社員であり、TBS宇宙プロジェクトの一環として宇宙ステーション「ミール」に滞在
日本国民として初の宇宙飛行・ソユーズ搭乗、世界初の商業宇宙飛行をおこなう

日本人宇宙飛行士候補者

候補者名年 齢出生地現 職備 考
大西 卓哉33東京都全日本空輸株式会社 運航本部2009年4月1日 :JAXA入社
油井 亀美也39長野県防衛省 航空幕僚監部

特集

宇宙飛行士になるには

日本の宇宙開発

日本の宇宙開発を担っている宇宙航空研究開発機構(JAXA:Japan Aerospace eXploration Agency)等についての詳細は関連トピック「宇宙開発」参照。

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